都市のモニタリングから制御までを可能に
北海道リージョナルリサーチ「ソーシャルCPS」

北海道リージョナルリサーチのCPS研究室は、北海道札幌市を拠点に「ソーシャルCPS (サイバー・フィジカル・システム)」の研究開発を進めています。ソーシャルCPSとは「都市のモニタリング・分析・制御」を可能とする新しい技術です。通信技術にELTRESを採用した背景について、一般社団法人北海道リージョナルリサーチCPS研究室室長の田中譲さん、主任研究員の野口孝文さん、同法人専務理事の樋口洋一さんにお話をうかがいました。


ソーシャルCPSで「社会インフラの制御も可能に」

——一般社団法人北海道リージョナルリサーチの事業内容をご紹介ください。

樋口

北海道リージョナルリサーチは1991年5月、社団法人北海道地域総合研究所としてスタートしました。北海道における産業経済、社会文化、地域生活、雇用に関する調査や研究を行い、広く地域社会の発展に寄与することを目的としています。特に直近10年はICT(Information and Communication Technologyの略。情報通信技術)導入に関わるコンサルティングのお手伝いをさせていただくことも多くなっています。

——2019年度にCPS研究会が発足しました。

樋口

本研究はもともと北海道大学が文部科学省の支援を受けて国⽴情報学研究所・九州⼤学・⼤阪⼤学と共同で行っていた「社会システム・サービス最適化のためのサイバーフィジカルIT 統合基盤の研究」(2012〜2016年)に由来しています。

2017年から2018年にも研究は継続されていましたが、2019年にCPS研究室を発足させるにあたり、北海道大学で本研究の中心メンバーとして活動されていた田中先生、共同研究者である野口先生を招聘し、研究をさらに発展させていただきました。

——田中先生が研究されてきた「CPS」とは?

田中

CPSは「サイバー・フィジカル・システム」の略称です。物理的な事物で構成される現実世界(=Physical World)とコンピューターネットワーク上のサイバー空間(=Cyber Space)を相互に結合させ、センサーネットワークを介して現実世界の状態変化を実時間で“モニタリング”し、そこで得られたデータを高度に“分析処理”して知識化し、その結果に応じて現実世界にある社会インフラの“制御”までを可能とします。

歴史的に紐解いていくと、CPSが対象としていたのはペースメーカーや義足・義肢といった医療的な制御装置における安全性の担保で、それが次第に大規模プラントの最適制御・運用やインテリジェントビルのエネルギー消費モニタリング・制御に移り変わっていきました。

現在のような都市モニタリングと都市インフラの最適化というのは“第三世代”的な位置づけです。我々は「ソーシャルCPS」で創出した情報によって新たな価値創造や社会課題の解決をはかろうと考えています。


2019年からプロトタイプを開発。移動軌跡取得のために改良を重ねた

——通信技術にELTRESを採用した経緯は?

田中

CPS研究室では北海道大学での研究成果をベースとしながら、都市全域の気象・⼈流・交通流の変化を、多数の定点観測センサー群や移動体位置センサー群を⽤いて準実時間でモニタリングし、その実時間と過去データの分析を総合して、都市規模社会サービスの効率運⽤に活かすことを考えています。

しかし都市規模の実時間モニタリングとなれば膨大な数のセンサーを使用します。センサー自体の低価格化はもちろんですが、準実時間でも安定的にサーバへのデータ集積ができる低価格帯のネットワークサービスが必要でした。そこで見つけたのがELTRESです。

樋口

CPS研究室発足前の2018年頃、私が別のプロジェクトで出合っていたELTRESを本研究にも活用してみようと考えました。

——2019年度以降の研究内容は?

田中

2019年10月から札幌市エレクトロニクスセンターの屋上に設置した実験用アンテナとELTRES通信実験⽤の受信機(PoCキット)を用い、送信ノード端末(積雪モニタリング用/移動体モニタリング用)プロトタイプの開発・評価を⾏いました。

積雪計⽤の端末は、開発キットにマイクロコンピュータ、レーザ距離センサー、温度計センサーを組み合わせた積雪計で、移動体⽤の端末も主たる部分の回路構成は積雪計⽤と同じですが、ペイロード128bitと限定されているため「移動軌跡」が取得できるよう特殊なデータ圧縮技術を開発する必要がありました。

——移動軌跡の改良とは?

田中

具体的には、走行トラジェクトリ(移動体軌跡)再現の高精度化です。ソーシャルCPSの移動体モニタリングでは、あらゆる移動体の位置情報をセンサーから時間ごとに拾い上げ、その走行軌跡を再現します。

しかしELTRESのデータ送信は「3分間間隔」あるいは「1分間間隔」です。老人や子どもの見守りなど移動速度が遅いケースなら既存技術でも十分に対応できますが、高速道路の自動車やヘリコプターなど移動体が高速になればなるほど正確なトラジェクトリを描けなくなります。

例えば時速60kmで走る自動車は1分間に1km移動するため、1分ごと送信モードで「1kmごと」の位置情報を取得できますが、その1kmをどのような経路で移動したかを知るには少なくとも100mごとに合計10点以上のサンプルが必要になるわけです。


独自開発したデータ圧縮手法で「数秒ごとのサンプリングが可能に」

——どのようにサンプルの点数を増やしたのでしょうか。

野口

CPS研究室独自のデータ圧縮技術です。詳細は公表できませんが、研究室独自のデータ圧縮⼿法により、高速移動体でも「1分間に10点以上」の位置サンプリングができるよう改良を重ねました。

例えばこちらは、高速道路上を時速80kmで走る移動体のトラジェクトリです。旧圧縮手法ではサンプル点数が少なく高速道路から大きくはみ出していることがわかると思いますが、新圧縮手法ではELTRESの「3分ごと送信モード」でも走行軌跡をなめらかに再現しています。

高速道路上の時速80kmでの走行のトラジェクトリの再現(3分毎送信モード/旧圧縮手法使用)
⾼速道路上の時速 80km での⾛⾏のトラジェクトリの再現(3 分毎送信モード/圧縮⼿法1使⽤)

またこちらは時速30〜70kmの走行軌跡を「3分ごと送信モード」「1分ごと送信モード」のそれぞれで再現したものですが、1分ごと送信モードのほうがより高精度に再現できていることがわかると思います。

街中での時速 30km〜70km での⾛⾏のトラジェクトリの再現(3 分毎送信モード/圧縮⼿法2使⽤)
街中での時速 30km〜70km での⾛⾏のトラジェクトリの再現(1分毎送信モード/圧縮⼿法2使⽤)

田中

更に最新の研究成果としては、いずれも1分ごと送信モードで「時速125km以下で6秒ごとのサンプリング(最大誤差8m程度)」「時速250km以下では6秒ごとのサンプリング(最大誤差16m程度)」が可能です。

理論上は「時速500km以下で6秒ごとのサンプリング(最大誤差32m程度)」も可能ですから、ヘリコプターや新幹線にも十分に対応できます。いずれにせよソーシャルCPSで求められる様々なニーズに応じて、当研究室のデータ圧縮手法を最適化させるかたちで実用化させていきたいと考えています。

——通信技術としてELTRESをご使用された感想についてお聞かせください。

田中

一番素晴らしいのは、見通し100km以上をカバーするデータ通信の広域性です。特に我々は北海道という広大な場所を拠点としているため、広域性は何よりもありがたいです。スマホのサービスエリア外、あるいは山間部や沿岸部、沖合といったエリアでもアンテナから100km圏内であればカバーしてくれます。汎用的なサービスのほか災害時にも役立てられる通信サービスだと思いました。

野口

技術の開発・改良にあたってはペイロード128bitという制約がありました。一部には「もっと一度に大きなデータを送ることができれば」と考える技術者の方もいらっしゃると思いますが、我々の経験として技術的な改良次第で十分高速移動体に対応できました。与えられた制約のなかでも工夫次第でなんとかなると今回の研究を通じて感じました。またELTRESはチップ1つでも非常に多機能で、外付けの部品もなく使いやすかったです。

最後に今後の展開についてうかがわせてください。

田中

2020年に入ってから、札幌市やその周辺エリアをカバーするサービス⽤アンテナの設置も進み、商⽤サービス⽤ELTRESチップを⽤いた⼩型版送信ノード端末も新たに試作開発しています。

制御⽤ CPU を⼩型機種に変更し,回路の整理を⾏って⼩型化したELTRES サービス対応⼩型汎⽤ノード端末。
左側の⼩型筐体内に回路とGPS アンテナ,送信⽤⼩型アンテナ、単 3電池 2 本のバッテリボックスがすべて格納される。

今後も走行トラジェクトリ再現をより高精度化し、徒歩・自動車だけではなくあらゆる物流の軌跡モニタリングに対応できるよう適用範囲を拡げていきます。それとともに、独自技術であるデータ圧縮手法を用いながらソーシャルCPSのセンサー群を統合的にまとめていきたいです。野生動物の行動観測や災害時利用を含めソーシャルCPS活用の幅はまだまだ拡がると考えています。


(一般社団法人 北海道リージョナルリサーチ(http://www.hrr.or.jp/))
CPS研究室室長 田中譲さん、CPS研究室主任 研究員野口孝文さん、専務理事 樋口洋一さん

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